京都近郊歴史スポット巡り(8)

(つづき)
新撰組ゆかりの地、壬生を後にして、島原の方へ行ってみました。
千本通りをJR丹波口駅方面へ。京都中央卸売市場を過ぎると、京都の花街であった島原地区の端に辿り着きます。

花街(かがい)というのは宴席を開いたり舞や歌を楽しむ目的で作られた「社交場」の役割があり、江戸の吉原等の「遊郭」とは異なるそうです。
島原の街を支えていた太夫(芸妓さん)は、踊りや歌の習練を重ね、宴会の席に花を添える存在で、
遊郭で客と同衾する花魁とは一線を画すもの。
混同されがちですが、島原と吉原は全く違うものだったんですね。
 
さて、花街である島原は、芸妓を呼び、料理を出し客をもてなす店「揚屋」と、
芸妓を雇い揚屋へ派遣する「置屋」の二種類の店で構成されていたそうです。
島原において最も大店の「揚屋」であった角屋さんは、当時の建物を残し、島原の歴史を伝える「角屋もてなしの文化美術館」として一般に公開されています。

攘夷運動に奔走した長州藩出身の幕末の志士、久坂玄瑞がこの店を懇意にしていた事を記した碑が建っています。
他にも坂本龍馬や西郷隆盛なども角屋さんをよく使っていたようです。
そして前回の記事でご紹介した新撰組局長芹沢鴨が、八木邸で暗殺されるまさにその日にこの店を利用していたとの事。
内部の様子もほとんど当時のまま残されており、島原一の揚屋の歴史を感じる事が出来ます。

入館料は¥1000と少し高めですが、こちらも職員の方が島原の歴史や貴重な所蔵品について丁寧に解説をして下さいます。
後で分かったのですが、私が訪ねた時には理事長さんが松の間のお庭について説明をして下さいました。
この松の間のお庭には、横に長く幹を伸ばした「臥龍松」の木があり、離れの茶室を配した、風情のあるとても美しい眺めを楽しむ事が出来ます。
丁度訪れた頃は、桜の散り際だったので、とても華やかな様子でした。

所蔵品も珍しいものが沢山展示されていましたが、私が特に驚いたのは、江戸時代から伝わる蒔絵の器やお盆などです。
まるで作られたばかりの新品のような素晴らしい保存状態で、施された蒔絵の繊細な色使いを見る事が出来ます。
きっと様々な工夫をして、大事に大事に保存されてきたのだと思います。
最後は角屋さんを後にして島原の反対側まで足を延ばし、島原大門を見てきました。

島原地区・角屋もてなしの文化美術館へは、JR京都駅から山陰本線で一駅の丹波口駅で下車し徒歩3分程度です。
近くにはDONGURI京都駅前店もございます。

http://www.dongurionline.com/category/24.html

お出かけの際は是非お立ち寄りください。
それでは、今日はこのへんで。

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