京都近郊歴史スポット巡り(3)坂本散策-前編-

みなさんこんにちは、火曜日担当の辻です。

先週は織田信長終焉の地・本能寺をご紹介いたしましたが、

今回は明智光秀が城を築いた町、滋賀県の坂本周辺を歩いてきました。

滋賀県大津市坂本は、比叡山の裾野にあり古くから延暦寺の門前町として栄えていたそうです。

此処に1571年(元亀2年)に織田信長の命により明智光秀がこの町に坂本城を築城しました。

「穴太(あのう)積み」と呼ばれる石垣が至る所に見られる、風情ある街並みです。

まずは京阪電車大津線穴太駅で下車し、盛安寺を目指しました。

駅から北東の方向へ5分程歩くと見えてくる立派な「穴太積み」の上に盛安寺は建てられています。

こちらのお寺は信長による比叡山焼き討ちで消失したものを光秀が再興したそうで、光秀ゆかりの陣太鼓を所有しています。

ほかにも重要文化財に指定されている十一面観音像(本尊)や美しい客殿・枯山水の庭園などがあるそうですが、

残念ながらこの日は拝見する事が出来ませんでした。

盛安寺を後にして、次は坂本城址公園へ。 また5分程歩きます。

光秀の築いた坂本城は琵琶湖のほとりに立ち、ルイス・フロイトという宣教師はこの城を、安土城に次ぐ豪壮華麗な城だと評したそうです。

しかし光秀が自刃して間もなく豊臣秀吉の軍に包囲された際に、光秀の家臣明智秀満が天守に火を放ち炎上・落城してしまいます。

坂本城址は現在公園として整備されており、そこには光秀の像が立っています。

公園のすぐ側では釣りを楽しむ人の姿が多く見られました。

さて、此処から京阪坂本駅方面へと向かいますが、その途中で二つの神社を前を通りかかりました。

両社神社と酒井神社です。

この二つの神社は通りを挟んで向かい合わせに建てられています。

両社神社の創建は1224年(元仁年間)、酒井神社の創建は810年(弘仁2年)、

現在の建物は光秀の後に坂本城主となった浅野長政の孫、長晟が建立したものだそうです。

何故かこの二つの神社には兎が沢山居て、

このように至る所兎だらけのとても可愛らしい神社でした。

さぞかし今年のお正月は賑わった事でしょう。

 

後半は来週お送りします。それでは今日はこの辺で。

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