京都近郊歴史スポット巡り(17)

みなさんこんにちは、火曜日担当の辻です。
今週は和歌山県に行ってきました。
「和歌山って京都近郊か?」とお思いの方もおられるかも知れませんが、、
実は私もそう思っていたのですが、以外と近かったんです。
「これなら京都近郊と言っても差し支えない!筈!!」
と、私確信いたしました、ハイ。
さて今回私が訪れた和歌山の歴史スポット、もうお分かりでしょうか?

和歌山城

徳川御三家の一つ、紀州徳川家のお城「和歌山城」です。
しかしこのお城、築城に着手したのは、実は豊臣秀吉の弟、豊臣秀長だったそうです。
1585年に築城が始まった当時の「若山城」、1年で完成したのですが、
大和郡山に住んでいた秀長は、その後もこの城を見る事もなく、
この城の初めての城主となったのは、秀長の家臣であった武将・桑山重晴でした。
後に徳川家康の十男・頼宣が主となり、明治4年の廃城に至るまで、和歌山城は紀州徳川家の城となります。
様々な幕政改革を行い、自らも質素倹約を守り財政を立て直した事で有名な徳川吉宗(八代将軍)や、
幕末の激動の時代に将軍を務め、若くして亡くなった徳川家茂(十四代将軍)も、この紀州徳川家の出身です。

曲輪

上の写真のように、大小二つの天守閣と櫓(やぐら)が廊下によって繋がった
連立式という形になっています。
大天守の最上階からは、紀の川の河口と和歌山港を見渡すことができます。
大天守の中は資料館となっており、沢山の紀州徳川家ゆかりの品が展示されています。
中でも武具・鎧一式の展示の数はとても多く、代々紀州藩に仕えてきた武将達の個性豊かな具足を間近で眺められ、
時間の経つのも忘れてついつい夢中になってしまいました。(^_^;)
お城を出て、県立博物館へ向かって歩いている途中、交差点でこんな銅像を発見!

徳川吉宗像

時代劇「暴れん坊将軍」でもおなじみの吉宗公です。
あいにく真正面が逆光だったため、少しお顔が分かりづらい角度ですいません。
とても躍動感のあるかっこいい銅像でした!
そして同じ通りにもう一つ銅像があるというので見に行きました。

陸奥宗光像

紀州藩出身の幕末~明治時代の偉人、陸奥宗光の像です。
陸奥宗光は坂本龍馬と共に海援隊で活躍し、明治維新後も様々な要職を歴任した人物です。
徳川幕府が欧米諸国と結んだ不平等な条約の撤廃、改正を成し遂げました。
開国した日本が列強国の属国とならぬように、対等に渡り合っていける国となるように、
強く願い、自分の出来ることを全力で実行した人だったんだなぁと、
真っ直ぐに佇むこの像を見て、そう感じました。
この日は久しぶりの猛暑日となり、汗だくになりながら歩いた和歌山の街でしたが、
とても楽しかったです。皆さんも機会があれば、是非和歌山の街を訪ねてみて下さいね。
それでは今日はこのへんで。

 

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